コアラ通信(豪州⇒中国)
豪州の日々から中国の日々に変わりますが。。。引き続きお知らせします。
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コアラ剣士(harry shinoda)

Author:コアラ剣士(harry shinoda)
コアラ剣士は、二回目の豪州駐在を終えて、中国(天津)へ渡ります。引き続き、仕事、剣道、ゴルフ、食事等、奮闘の記録をご覧下さい。



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14/6/11(水)日記
「Boys be ambitious!」

■今朝の上海(快晴)
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■今日の朝飯
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■アパートを出るコアラ
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■今日の昼飯
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■事務所前のコアラ
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■夜は、「うまや麺・麺・麺」でした。
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■「気」
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■生ビールを飲むコアラ
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■海鮮チャンポン麺定食
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■アパートに戻ったコアラ
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■メルボルンから届いた「新35会ポロ=7代目?」
  出来れば、今年もメルボルンへ一時帰国して、このポロを着て35会に出場したいものです。
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■帰宅したら、丁度、NHKの「歴史秘話ヒストリア」でクラーク博士をテーマにした番組をやっていました。

■「クラーク博士像」
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■クラーク博士と言えば、有名な言葉 "Boys be ambitious!" がありますが、
 後に続く言葉もあるようです。

Boys, be ambitious.
Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, not for that evanescent thing
which men call fame.

Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.
Like a old man.

少年よ 大志を抱け!
お金のためではなく
私欲のためでもなく
名声という空虚な志のためでもなく
人はいかにあるべきか、その道を全うするために、大志を抱け!
この老人(クラーク博士自身)の様に!

■私も今からでも、もう一度、「大志」を抱き、老人になった時に、若者に語れるようになりたいものです。
  


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11/8/22(月)日記
「H田氏ご逝去、メル大稽古(今年102回目)」

■今朝のシティー(快晴、15℃)
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■朝の突き稽古(諸手15本)
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■片手突き(15本)
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■早朝幹部ミーティング
 7月から実施していますが、かなり定着して来ました。

■PM12:20
 Y野氏から電話があり、H田氏が、12:00頃にご逝去されたとのこと。
 昨晩、お会いしただけに驚愕しました。
 かなり痩せておられましたが・・・
 まさか、今日逝ってしまわれるとは・・・
 あまりに早すぎます。

■今日の昼飯
 図らずも、昨晩、灯火から持ち帰った「太巻き+天麩羅」でした。
 H田氏への供養と思って頂きました。
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■H田氏お別れセレモニー
 Y野氏が病院へ行かれて、以下の情報を展開してくれました。

■日時:23th Aug(Tue.) PM6:00~9:00 
    24th Aug(Wed.) PM12:00~15:00<告別式:13:00~14:00>
 場所:Simplicity Funerals
    16 Withers St.Sunshine 3020

■H田氏とご縁のあった方々にはぜひご参列頂きたいと思います。

■夜は、どうしようか?と思いましたが、敢えていつも通り剣道の稽古に出かけました。
 メルボルン大学に到着したコアラ
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■稽古風景
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■コアラ剣士×メル大剣士
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■小手に行く。
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■面に行く。
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■コアラ剣士×上段トニー氏
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■片手突きに行く。
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■構えを下げさせて面。
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■コアラ剣士×ケンジ氏
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■相面
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■面に行く。
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■稽古後のコアラ
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■その後、剣道着のままどんたくへ行きました。
 どんたくの入道大将もH田氏ご逝去に驚いておられました。  
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■たまたまクラコーT氏がこられていたので、一緒に食事することに。
 ビールで乾杯!
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■付き出し
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■刺身盛り合わせ
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■サーモン塩焼き
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■カツ丼
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■幻のどんたく博多とんこつラーメン
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■白波を飲むコアラ
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■クラコーT氏、入道大将&コアラ 
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■帰宅後の突き稽古(諸手15本)
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■片手突き(15本)
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■ここ数ヶ月間、H田氏からは、「生きる事の大切さ」、「死を受け入れる覚悟、勇気」、「不動心」を学んだと思っています。

■明日~明後日にかけてH田氏とのお別れ会が催されます。
 両日ともに参列するべく調整したいと思っています。



09/11/13(金)日記
「挑戦すること」

最近若手に良く言うのは、「出来そうにないこと」に「挑戦」して欲しいということです。
私もそうえらそうに言えませんが、振り返ってみる色々と「挑戦」してきたと思っています。
思い返してみると以下の様なことです。

1.大学時代に剣道同好会の会長を務めたこと。
  剣道も大したことなく、練習もさぼりがちであった自分が選挙で選ばれてしまい、
  本当に受けることを悩みました。
  思い切って会長を務めたことで、大きな自信を得ることが出来ました。

2.入社3年目で、「ウインドサーフィン大会(須磨海岸クリーン作戦含む)」を企画実施したこと。
  自分の本来業務では無かったのですが、「社内の活性化」の一助になると信じて進めました。
  その大会は、15年間続きました。 今でも砂浜クリーン作戦は続いており、地域社会への
  貢献、環境への貢献につながっていることをうれしく思っています。

3.1990年、豪州駐在2週間目で、現地法人設立を推進したこと。
  来年で創立20周年を迎えます。
  今豪州にいるのは、その時の決断とその後の関係者の努力の賜物です。

4.中国におけるカーナビ用電子地図開発の合弁会社設立
  3年間は、赤字が続きましたが、今や累損一掃し、利益が出る会社になっています。
  何よりも中国側パートナーが大成功しており、今後の中国事業を進める上での
  重要なパートナーになると信じています。

5.北京日本人会剣道同好会の会長を務めたこと。
  段位も低く、入会歴も浅い自分では役不足と思って固辞していましたが、
  前任の会長から「どうしても・・・」と口説かれて引き受けましたが、
  中国人剣士との交流推進、全剣連)武安会長の受け入れ、
  北京での第一回昇段審査実施等、剣道を通じた日中友好に貢献出来たと
  思っています。

私自身も来年で50歳となりますが、これからも「挑戦」し続けたいと思っています。
剣道で言えば、以下の様な目標になります。

54歳 六段一発合格
60歳 七段一発合格
70歳 八段を受審すること。 ← 健康でなければ出来ないこと。

■今日の出来事
・中期重要課題まとめ
・11月度ボード会議
・週報メンテ

■昼飯 シリアル+ミートパイ+リンゴ+ヤクルト+ミルク
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■晩飯 スパゲッティーペペロンチーノ(ほうれんそう、ネギ入り)+ミックスサラダ
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09/11/10(火)日記
「手術歴」その2

10/28の日記で「手術歴」その1を書きました。
その後はどうしようかな???と迷っていましたが、折角なので続きを書くことにします。

3回目 1997年4月~5月 「肛門周囲膿瘍切除術」
     難しい名前ですが、要は、「痔ろう」の初期段階です。
     疲れがたまったり、免疫力が低下していると直腸の壁から感染して、
     肛門の周囲に膿の袋を作るものです。
     最初は、違和感があるだけですが、袋が大きくなると外から触っても
     存在が分かるようになります。
     長時間座っていると痛むようになってきます。
     特に、日豪間の飛行機はこたえます。
     長く便座に座るのも良くありません。
     最初の駐在から帰国したのは、1997年2月ですから、やはり、
     帰任前後のバタバタが影響したのでしょう。
     行きつけの総合病院理事長(外科の名医)に診てもらったら、「直ぐに手術必要」と
     診断されて、即入院しました。

     麻酔は、下半身のみですが、脊髄に極太の注射を打ち込むので、
     それだけでもかなり痛いです。
     肛門の横辺りの外側の皮膚から切って、中の膿をきれいにしてガーゼを
     詰めておくという処置ですが、かなり奥まで掘り下げたようでかなり時間がかかりました。
     途中で麻酔がきれかかって、切られる度に痛みが走りましたが何とか耐えました。

     術後は、毎朝のガーゼ交換です。
     ガーゼを引っぺがして、新しいガーゼを詰める作業ですが、
     これが痛いこと・・・・
     約1ケ月の苦行から開放された時は、健康のありがたさを痛感したものです。

     この入院中には、「尿管結石」のおまけ付でした。
     晩御飯を食べて歯を磨いていたら、「ズキン」と背中に痛みが走りました。
     看護婦さんを呼んだところ 「背中やったら、たぶん石やろね~。
     痛み止め打っとくね~」とのこと。
     夜中に2~3回注射を打ってもらいました。
     朝一でレントゲンを撮ったところ、米粒大の石を確認。
     とにかく水を大量に飲んで、夕方には無事採取しました。
     その時のレントゲンにて、腎臓に石を持っていることが確認され、
     以降、石の成長を定期確認することになりました。 ⇒ 別途記述

     一方で、入院中には、たくさんの本を読みました。
     中でも良かったのが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」です。
     痛みを忘れ、夜中までむさぼるように読みました。
     又、この時から、「剣道日本、剣道時代」の購読を始めました。
     「京都大会」の存在を知り、外出許可をもらって武徳殿へ3日連続で通いました。
     その時の範士九段の最終立会いは、井上晋一先生と奥園国義先生の立会いでしたが、
     鳥肌が立ちました。
     重厚かつ品格があって「これぞ範士の立会い」という素晴らしいものでした。
     その感動が、剣道継続、本格再開の根っこにあると思っています。
     入院、手術は大変でしたが、そのお陰で得たものも大きかったです。

今日の出来事
・MG7 12月月例会サポート
・内部統制フォロー
・12月重要イベントフォロー
・中期計画フォロー
・社内活性化イベントフォロー

■昼飯 野菜たっぷり焼きそば+リンゴ+ブルーベリー+ヤクルト+ミルク
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■晩飯 カツ丼
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09/10/28(水)日記
「手術歴」その1

「生き方」というカテゴリーに分類するのは適当ではありませんが、
これまでの人生の中で、かなりの手術歴がありますので、整理してみたいと思います。

1回目:1967年 「右肘関節破砕複雑骨折」
     小学校に入学直後の4月末、友人宅で、その友人を背負って走っている時に転倒、
     右腕をついたところ「ボキッ」という鈍い音がして、反対に曲がってしまい、肘関節の
     破砕複雑骨折。
     骨接ぎにてレンドゲンを撮ったところ「こりゃ間接が粉々やな~、手術もでけへんわ~」
     との診断。
     麻酔無しの荒療治、看護婦さんが数人で全身を押さえつけて動けないようにされ、
     お医者さんが、「ほな、始めるで~、かなり痛いので、思いっきり泣いてもええで~」
     と言いつつ、砕けた関節をぐりぐり、ごりごり、動かしまくってギプスで固定。
     今でも泣き叫んだことを覚えています・
     ギプスが取れた後、細くなった腕は、完全に直角に固まってました。
     3ケ月マッサージとリハビリを続けたものの、10度程伸びただけ、お医者さんも首をかしげ、
     「これ以上はうちでは無理。大学病院に行って精密に見てもらって~~」とのこと。   
     えらそうな先生が3人ががりで見たところ「残念ながらこれ以上は伸びません。」との診断。
     両親は、かなりのショックを受けた様ですが、本人は、重大性には気付いていませんでした。
     そして、夏休みに入り、祖父が作ってくれた蝉取り網で、毎日蝉取りに明け暮れているうちに
     腕が完全に伸びましたとさ。
     蝉は、私の恩人?(恩虫)なのです。

2回目:1995年 「親知らず3本一気抜き」
     私の「親知らず」は、1本だけ出てきたものの、他の3本は、歯茎の中に横向きに
     埋まったままでした。
     1本は、日本で抜いていたものの、前回豪州駐在時の1995年、3本が動き出して
     奥歯を圧迫し始めました。
     歯医者で見てもらったところ「これは、3本一気に抜くしかない」と言われて手術を
     決めました。
     最初は、大そうに考えていませんでしたが、何と全身麻酔とのこと。
     麻酔から覚めなくてもクレームしないという書類にサインしていよいよ麻酔。
     注射とガスでしたが、3秒で効いてました。
     意識を失う瞬間は、何か気持ちの良いものでした。
     術後は、少々気分悪かったですが、見舞いに来た女房が、大笑いです。
     顔が大げさでなく、ホームベースの様に腫れてました。
     自分で鏡を見て痛がりながら大笑いしました。
     写真を撮っておかなかったのが残念です。
     大きな顔のまま、翌日から仕事復帰。
     会社のメンバーにも大笑いされましたとさ。

続く

■今日の出来事
  昼食  昨日の昼夜ともにヘビーだったので、今日はヘルチーランチです。
       シリアル+ゆで卵×2+トマト+リンゴ+ヨーグルト+ヤクルト
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  晩飯  野菜たっぷり焼きそば定食
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