コアラ通信(豪州⇒中国)
豪州の日々から中国の日々に変わりますが。。。引き続きお知らせします。
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コアラ剣士(harry shinoda)

Author:コアラ剣士(harry shinoda)
コアラ剣士は、二回目の豪州駐在を終えて、中国(天津)へ渡ります。引き続き、仕事、剣道、ゴルフ、食事等、奮闘の記録をご覧下さい。



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09/9/29(火)日記
「生きがいの創造」

昨日の「永遠の0(ゼロ)」に続いて、「書物」ネタです。
1999年4月に右鎖骨を複雑骨折して入院していた時に、「生きがいの創造」飯田史彦著を読みました。
実は、1995年の9月飯田史彦氏は大学の学術誌である「商学論集」に、
「~生きがいの夜明け~ 生まれ変りに関する科学的研究の発展が人生に与える影響について」と題する研究発表をしており、そのコピーを入手して読んでいましたので、大体の骨子は把握していました。

image6524[1]

大雑把に言えば、「死後の生命や生まれ変りを認めるとすれば、私たちの生き方がどのように変わっていくのだろうか」ということ。
本書は、「死後の生命」や「生まれ変り」の存在そのものを証明するものではなく、あくまでも「生きがい論」を目的にしています。
その上で、「いわゆる霊能者や宗教家、民間セラピスト(治療家)やジャーナリスト、あるいは文化人や芸能人と呼ばれる方々が書いた物は取り上げないことにし、学術的かつ客観的な立場を守る為に、名の通った大学の教官、博士号を持つ研究者や臨床医の研究を中心に引用している。」とあります。
例えば、マイアミ大学医学部精神科教授のプライアン・L・ワイス博士やトロント大学医学部精神科主任教授のジョエル・L・ホイットン博士が、古くは、この道の大家、エドガ―・ケイシーらによって科学的に立証されている「過去生」に関する被験者の証言が多数引用されています。
これらをもとに、「生まれ変り」を「生きがい論」に発展させたのが、飯田氏の学術論文「生きがいの夜明け」で、これを一般読者にわかりやすく書き下ろしたのがこの「生きがいの創造」と言うわけです。
「死後の生命や生まれ変り」のテーマをともなった論文が、日本の国立大学で、しかも経済、経営というジャンルの違う分野の伝統ある学術誌に、よくぞ受け入れられたと思います。

この本の中で述べられていることを私なりに整理すると以下の様な内容になります。

・人間の中には、魂(Soul)の様な目に見えない存在があって、それは、肉体が滅んでも残り続ける。
・現世の自分は、魂の意思に基づいて、どの両親の子供として生まれるかを自ら決めて、
 ライフプランを持って生まれてくる。
・前世、又は、もっと前から縁の深い魂同士は、"Soul Mate"と呼ばれる深い関係を持っている。
 例えば、両親、兄弟、奥さん、子供達、親友は、"Soul Mate"だと思ってる。
・ライフプランは、生まれた時に意思としては記憶から無くなるが、色々な"Soul Mate"との再会、
 新たな出会い、切磋琢磨の中で徐々に実現して行く。
 (夢、人生の目標等は、ライフプランの一部である筈。)
・魂の実在は、自分が死んだ時に確認できる筈。
・魂の実在を信じて生きてきた人は、「やっぱり、実在したのだ。」と
 自分の信念が正しかったことを確認できる。
・魂の実在を信じて来なかった人は、「魂は、実在したのだ!!!」とその時気付く。
・仮に、魂が存在しない場合は、死後の意識は無くなるのだから、
 実在しなくても落胆することは無い。

以上のことから、僕は、「人生は修行!」と位置付けています。
前世=武士ですから、剣道を通じた修行は、一生続けますし、仕事も修行の一環です。

実は、この本を読んだ直後の1999年6月に父が亡くなったのですが、その時も、「一時的な別れであり、永遠の別れでは無い、自分が死んだら必ず会える。」と思っていましたので、比較的、スムーズに父の死を受け入れることが出来たと思っています。


PS: 今日の昼食 : 
    ・棒ラーメン(みそ味) ハム、ザーサイ、卵入り
    ・磯部巻き(餅+チーズ+海苔)

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    今日の晩飯 :
    ・ローストビーブカレー(卵入り)
    ・カレイ煮付け

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09/9/28(月)日記
「永遠の0(ゼロ)」

今日は久々に本の話題です。
お盆休みに帰国した折、高校の同窓生より1冊の本を譲り受けました。
書名は、「永遠のゼロ」、著者は、百田尚樹(ヒャクタ ナオキ)、
2006年8月28日第一版発行。
百田氏は、同志社大学中退、の後、放送作家となり、関西では有名な
TV番組『探偵!ナイトスクープ』の構成を担当しています。

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本を譲ってくれた同窓生は、かなりユニークな(普通でない)人で、自営業を営みながら
毎日、料理と酒と人付き合いを楽しんでいます。
我々の同窓生の間では、「ルンルン族」と呼ばれている自由人です。

さて、本ですが、8/15(土)に受け取りました。
当初は、豪州へ戻る機内で読むつもりでしたが、なんだかんだで読みそびれて
帰豪後も中々手に付きませんでした。
それが、9/27(日)夜から読み始めたところ、2日間で一気に読んでしまいました。
彼のコメントは、「最後は涙で文字が読めなかった。」とありましたが、僕も本を読んで
久々に泣きました。

本のカバーには、以下の解説があります。

「生きて妻のもとへ帰る」
 日本軍敗色濃厚ななか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」と
 さげすまれたゼロ戦パイロットがいた......。
 人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、
 太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことを調べ始める。
 祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されていなかった。
 元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵の姿は健太郎たちの
 予想もしないものだった。凄腕を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、
 生に執着する戦闘機乗りーーそれが祖父だった。
 「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた男は、なぜ特攻に志願したのか? 
 健太郎と慶子はついに六十年の長きにわたって封印されていた驚愕の事実にたどりつく。
 はるかなる時を超えて結実した過酷にして清冽なる愛の物語!

私は、小学生から中学生にかけて、プラモデル(特に軍艦)、戦争物が好きで、
「丸」という戦争雑誌をよく読んでいました。
真珠湾攻撃、珊瑚海海戦、ミッドウエー海戦等、それなりの知識は持っている
つもりでしたが、この小説では、戦闘機搭乗員から見た戦況、作戦遂行上の問題点、
苦労等が克明に書かれていて、ある意味で衝撃を受けました。
ノンフィクションとは言え、かなりの史実を調べ上げ、生存者の証言も参考にして
書かれたものと思います。

日本人は、二度と不幸な戦争を起こさない為に、第二次世界大戦の真実、
特攻隊の真実を正しく認識する必要があると強く思いました。
この小説は、広く日本人に読んで頂きたいものです。

又、以前から漠然と思っていましたが、いずれ、鹿屋、知覧へ行くことを人生の目標に
加えたいと思います。

次は、お盆に購入した「昭和史」半藤一利著を読むつもりです。



PS:夜は、ウオンバット先生ご一家+お母様とシーフードレストランへ行きました。
   場所は、タスマニア行きフェリーの発着桟橋がある「ステーション・ピアー」の
   "Water Front"でした。
   桟橋の上にあり、雰囲気、景色も素晴らしかったです。

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   メニューは、以下をシェアしました。

   ・シーフードチャウダー
   ・シーフードプラッター(グリルもの)

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先生宅へお送りした後、「月餅」を頂きました。
北京時代は、「季節の頂き物」として頂戴しましたが、久々に食べました。
すっきりした食べやすい味でした。

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お母様は、明朝6:00の便で、ゴールドコースト経由で帰国されます。
当地を大変気に入られた様で、もう一度、先生の弟さんと来られる話が出ています。
実現を楽しみに待ちたいと思います。


09/9/27(日)日記
「Kendo & 送別会」

今日は、昨日のご馳走残りで朝御飯を食べた後、謙志館へ行きました。
いつもの日曜日より参加者が少なかった為、ヤノ先生がお一人で基本指導の
指揮を執られました。
いつもより丁寧に、見本を示しながらのご指導でした。

・切り返し(全員がキッチリ出来るまで、7回程)
・一足一刀の間合いへ入って面
・一足一刀の間合いへ入って小手面
・一足一刀の間合いへ入って小手面胴
・引き面、面、小手面、小手面胴
・面返し胴

地稽古は、昨日の昇段で合格した面々がかかって来てくれました。
合格前よりも、自信を持って立ち会っている様子でした。

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稽古終了後に、久々に皆でランチに行きました。
場所は、謙志館御用達のカフェ「THE HOT POPPY」です。

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冬場でも、スタンド式ヒーターを設置して、屋外のテーブルがあります。

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ランチは、サラミとほうれん草のスパゲッティーを食べました。

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当地の大学(博士課程)に留学している日本人女性と色々な話が出来ました。
お一人は、私と同じ神戸市須磨区の名谷から来られているとのことで驚きました。
もうお一人は、北京時代にお世話になった方の会社に務めておられ、その方も
ご存知とのことで、世間の狭さを感じました。
今後は、彼女達の剣道レベルアップもサポートしたいと思います。

夜は、日系部品メーカーでお世話になった方の送別会がありました。
若手の方ですが、我々が所属する部品メーカーグループの幹事として
色々とお世話頂いた方です。
場所は、メルボルン中華で長年No.1と言われている「フラワードラム:萬寿宮」でした。

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前回駐在時に、2回来たことがありますが、店内の高級感、風格はさすがです。
フロアマネージャー、ウエイターも丁寧でサービスの質も非常に高かったです。

メニューは、コースからの選択でしたが、以下の通りです。

・ほうれんそうと蟹肉のスープ
・オイスター&ブラックビーン
・白身魚(キングホワイティング)の天ぷら
・北京ダック
・和牛ステーキとチンゲン菜の甘辛ソースがけ
・焼き飯
・杏仁どうふ

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中部方面に戻られるとのこと、これからも末永くお付き合いさせて頂きたいものです。

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09/9/26(土)日記
「Surf & Kendo & Home Party」

今日も盛りだくさんな1日となりました。
まずは、朝7時出発で、トーキー方面へ向かいました。
ジーロングへさしかかると、小旗を付けた車が多数走っていました。
今日は、オージーボウルの"Grand Final"で、地元ジーロングの
”Cats”が3年連続出場している様です。
日本で言えば、プロ野球・日本シリーズの最終戦の様なものですが、
メルボルンの町は、日本以上に盛り上がることでしょう。

ジーロングのマクドでロングボーダーズと合流して、まずは、ト-キーメインビーチへ。
波が早く、難しそうだったので、オーシャングローブ手前のポイントへ行くことにしました。

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何度かトライしましたが、今日は、沖から乗るのは難しいと見て、
岸近くのスープで、何度か練習しました。
今日は、スミヤ師匠の後任の方が、ビーチから望遠レンズで撮影してくれましたので、
良い写真があれば、追加UPしたいと思います。

以下の写真は、目の前でブレイク寸前の波

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午後から、ヴィクトリア州の剣道昇段審査がある為、早めに切り上げて戻りました。
1級~3段迄の審査がありましたが、現地人が神妙な面持ちで受審していました。

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結果は、以下の通りです。

     合格 受審者  合格率
1級   12/12    (100%)
初段   9/9     (100%) 
2段    3/4     ( 75%) 
3段    1/2     ( 50%)

当地では、大人でも6級から順番に取得する必要があって、1級になるまで3年程かかります。
1級、初段は、満を持しての受審者が多くレベルが高かったです。
(日本では、中1で1級を取って、1年で初段可能。) 

同じ道場の年配の方が初段に合格されて感激されていました。

又、2段に合格された方で、「自分は、日本剣道形で何箇所か間違えた。
これで合格させて頂いたのだから、益々修行に励みたい。」と謙虚なことを言われていました。
武道精神が、確実に伝わりつつあるとうれしい気持ちになりました。

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昇段審査終了後に、ウオンバット先生ご一家及びお母様を我が家にお招きして
ホームパーティーを行いました。
料理を作りながら、ビール飲みながら、だべりながらは楽しいものです。
とても気さくなお母様で、「カレイの煮付け」の味付けをご指導頂き、
色々なお話で楽しい時間を過ごすことが出来ました。
(京都のお父様とも電話でお話させて頂き、恐縮しました。)

メニューと調理分担は以下の通り。(味付けは、ほとんど先生です。)
                     
・「ひらまさ」の薄造り          先生+私(サブ)
・レインボートラウト(虹鱒)の燻製   姿で購入 
・パプリカ+ナスの炒め物       先生+私(サブ)
・エビ+ほたてのバター炒め      先生
・カレイの煮付け            先生母+先生+私(サブ) 
・ブルースイマークラブの味噌汁   先生+私(サブ)

■「ひらまさ」を三枚に下ろすところ。
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■煮付け用カレイ、立派な1品でした。
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■ブルースイマークラブ、ぶつ切りにして味噌汁にしました。
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■全品出来上がりの図
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PS:料理の途中に、"Grand Final"の決着が着きました。
   接戦の末、ジ-ロング(Cats)が、2年ぶりの優勝を収めました。

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09/9/25(金)日記
「新婚旅行」

1989年5月6日に結婚して、翌日からカナダへ新婚旅行に行きました。
伊丹⇒成田⇒バンクーバー⇒トロントというルートでした。
到着して直ぐに、ナイアガラの滝を見物しました。
「霧の乙女号:Maid of the Mist」という観光船で、滝壺近くへ迫りました。
青いカッパを来て乗船しましたが、かなりびちゃびちゃに濡れたことを
覚えています。

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その後、トロント市内のホテルへ入りましたが、時差ボケと疲れもあって、
しばらく部屋で寝てしまいました。
その後、市内を散策して、CNタワーへ登りました。
CNタワーは、当時、世界一の高さ(533.33m)を誇っていました。
(2007年9月12日にブルジュ・ドバイ(818m)がCNタワーを超える564.9mに達するまで32年間
世界一を維持していた。)

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その後、トロントからカルガリー経由でバンフへ移動しました。
宿泊は、もちろん、「バンフスプリングスホテル」です。

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ヨーロッパの城を思わせる壮大な外観に加えて、内部も歴史を感じさせる
重厚で贅沢なつくりでした。

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ホテルの裏手には、マリリンモンローの「帰らざる河」で有名になった「ボー滝」がありました。

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ここを拠点に、カナディアンロッキーへのバスツアー、スキーツアーへ出かけました。
名所としては、まず、レイクルイーズです。
当初”エメラルド・レイク”と命名されましたが、後にビクトリア王女の娘 ルイ‐ズ・
キャロライン・アルバータ王女 から名をとり ”レイク・ルイ‐ズ” となったとのこと。
エメラルト色の湖と雪を頂いたカナディアンロッキーの山並みのコントラストが素晴らしく
美しかったことを覚えています

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次にヴィクトリア氷河です。
ツアースケジュールの関係で、滞在時間は短かったですが、道中のカナディアンロッキーの
雄大な景色は感動ものでした。

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スキーは、「サンシャイン・ビレッジスキー場」へ行きました。
ホテルからはシャトルバスで約25分。 エリア最標高の2730mから広がる最高のゲレンデでした。
長ロングリフトで上部へ上がりましたが、誰もいない貸切状態でした。
雪質はいまいちでしたが、「新婚旅行春スキー」としては思い出深いものとなりました。

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PS:今日の昼飯
   「どんたく」のチキンカレー
   出遅れて、14:00に入りましたが、カレーのみOKとのことでした。
   既に、「白波」を仕入れてくれていました。

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   午後から雨が降ったり曇ったりしていましたが、突然、夕暮れ時にウエストゲートブリッジの
   辺りに雲の切れ間が出来て、夕日が輝いていました。

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   締めくくりは、ゴルフ練習(9/20週3回目)。
   今日は、ドライバー、3W、奇数アイアンの調整を行いました。
   35会まで約1週間ですから、そろそろまとめに入らねばなりません。

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09/9/24(木)日記
「MG7勉強会」

今日は、午後から「MG7勉強会」がありました。
場所は、ダンデノンの麓にある日系インクメーカーさんでした。
13:15から工場見学、技術ラボ視察の後、会社案内プレゼン、情報交換会という内容でした。

インクの材料は、科学物質がメインの様ですが、粘度を付ける為に、松やに (主成分ロジン)が
使われているとのこと。

写真は、固形の松やに。 琥珀の様に見えます。

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インクは、「赤、黄、青、黒」の4色で、全ての色が表現できるとのこと。
それぞれの色で、粘度が違う。
材料は、ほとんど輸入で賄っている様です。

写真は、完成したインクを出荷用の大型カートンへ注入しているところ。

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技術ラボでは、印刷されたカタログの顕微鏡拡大写真を見せてもらいました。
写真は、茶色に見える部分の拡大です。
確かに、「赤、黄、青、黒」+白で成り立ってます。
立派な額に入れて飾れば、絵画としても通用しそうですね。

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印刷の世界で言う色の三元色は、赤、黄、青。
一方で、光の三元色は、赤、緑、青ですね。
いずれにしても、人間の色彩感覚で決めているもので、他の生物からどのように見えているかは
判らないが・・・
インク、印刷、色の世界も奥が深そうです。

その後、Audit関連の情報交換、困りごとの相談を実施。
それぞれに困りごとは共通の様で、このような会はとても勉強になり、ありがたい場です。

夜は、「9月度MG7」の懇親会がありました。
今回は、シティーど真ん中の路地にあるステーキハウスでした。
自転車で行くも、少々迷いました。

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前菜は、大型ソーセージ、マッシュルーム&チーズグラタン風、ミックスサラダ。

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メインは、名物のスペアリブ、アイフィレステーキ、ポテトプライ、オニオンフライ、野菜焼きでした。

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SURF&GOLF仲間のスミヤ氏の送別会を兼ねて行われましたが、
様々な話題で盛り上がりました。

帰宅後、ブログ更新しながら寝てしましました。
金曜日の仕事を締めくくって週末を充実させたいものです。






09/9/23(水)日記
「メルボルン大学剣道部稽古」

今日は、仕事でぎりぎりになりましたが、何とか稽古に間に合いました。
たとえ1本でも2本でも稽古することが大事だと思っています。
現役生達は、今週末の昇段試験、来週の大学選手権を控えて気合が入ってました。

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地稽古の1本目は、ケンジ君でした。
先日の稽古で、ウオンバット先生からご指摘頂いた「肩、腕の力を抜くこと」を意識して
立会いましたが、自然に体が動く感じで、何本か乗るイメージの面が打てました。
常に出来る訳ではないので、高段の先生と稽古頂く時も同様の感覚が保てる様に
心がけたいと思います。

2本目は、ハンガリーから来ている方でした。
責め合って、どーんと来る剣風ではなく、フェイントで不意を着く感じでやり難くかったです。
こういう方にも惑わされること無く、堂々と攻めて居ついたところ、引き出して応じて打てるように
したいと思います。

稽古終了後に、マチャック先生と「剣道」の額で写真を撮ってもらいました。

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稽古後は、恒例のパブへ行きました。
マチャック先生から豪州剣道の初期の頃の話を色々伺いました。

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その後、真っ直ぐ帰るのはもったいないので、ゴルフ練習(9/20週2回目)に行きました。
今日は、3W、5W、偶数番手アイアンを中心に練習しました。
最後は、パッティングを少々。
少しづつ改善を積み重ねるつもりです。

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09/9/22(火)日記
「N31掲示板パート3立ち上げ」

今日は、高校時代の同窓生「掲示板パート3」の立ち上げ公開日でした。
実際の掲示板デザイン、文字修正等は、遠隔で日本にいる同窓生が担ってくれました。
彼らは、IT/ブログ、デザインの熟練者、プロで、仕事のレベル、スピードも素晴らしかったです。

「パート1」は、もともと、8/15に実施した「卒業30周年大同窓会」を盛り上げる目的だった
のですが、同窓会終了後の「パート2」も大変な盛り上がりを見せて、「チルドレン」という
アクティブなメンバーが生まれました。

実際の同窓会は、以前は10年毎だったのですが、今後は、5年後に開催することになりそうで、
掲示板、ネットを通じて、世界中の同窓生が交流できれば素晴らしいことだと思っています。
そこで、「パート3」の目的は、「世界中のN31の交流を深めて新たな絆を作り、育てること。」と
しました。
その目的通りに、交流するメンバーを一人でも増やして、新たな絆を作りたいと思っています。

日本時間の17:00に公開したのですが、スレッド中の文字が小さくて見難いという問題と
公開直後にFC2サーバーがメンテナンスに入ってアクセス出来なくなるという問題がありましたが、
少しづつ書き込みが進んでおり、うれしいことです。

写真は、公開した瞬間です。(メルボルン時間 18:01)

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仕事終了後は、謙志館道場へ行きました。
今日は、「不動心」からの出稽古があり、普段出来ない方々との稽古が出来て有意義でした。

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PS:今日の昼食  
   これが、典型的な、オージーランチです。

   ・ハム、チーズ、ツナサンドイッチ
   ・ゆでたまご×2
   ・ヨーグルト
   ・りんご
   ・キーウイ

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09/9/21(月)日記
「盛りだくさんな1日」

今日は、稀に見る「盛りだくさんな1日」でした。

まずは、毎週月曜日恒例の早朝ミーティング。
出張、休暇が多く、出席者は、3人だけでしたがいくつかの重要事項がありました。
3週間前から判っていたことの情報伝達が遅いことを指摘。
50人弱の小さな会社ですから「報・連・相」の徹底を改めて指示しました。
10月初には、全社員を集めて、会社の状況説明、意識改革を求めるミーティングを行う予定。

次に、お昼に、Neilと会いました。
彼は、前回駐在時の1993年に採用して営業統括として15年間頑張ってくれた
功労者です。私が二回目の赴任をする前の2008年4月に事情があって退職
されていました。
彼に会うのは、9年ぶりぐらいですが、最近鍛えているようで精悍な印象でした。

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5週間程前から、鉱山系の会社にて相談役として働き始めたとのこと。
取引先の中国系太陽熱発電装置の会社オーナーは、中国人として初めて
ニューヨーク証券取引所へ上場した方とのこと。
今後、定期的に会って情報交換したいと思っています。

彼の事務所は、奇遇なことに私のアパートの階下にあることから、
1Fに出来た日本食レストランへ行きました。トンカツ定食を食べましたが、まずまずでした。

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夜は、早めに仕事を切り上げて、久々にメルボルン大学剣道部の稽古に行きました。(今年86回目)
大学選手権の直前とのことで、多数の部員が参加して、気合の入った稽古をしていました。

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地稽古では、ハンガリーから来た剣士、今度の土曜日に三段を受ける剣士、マチャック先生と
稽古を頂きました。
マチャック先生との稽古では、攻めから大きな面を意識していましたが、今まで打てなかった様な
ドーンと行く面を1本打たせて頂きました。この感覚を大事にしたいと思っています。

稽古終了後、最近行けていなかった「YAMATOのちゃんぽん」を食べた後、
ゴルフ練習へ(9/20週1回目)

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今日の練習は、PW&SWのみで50球のアプローチだけに集中しました。
少しずつレベルを上げて行きたいと思います。

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その後、ウオンバット先生ご一家が、「どんたく」におられるとのことで、
9時前に合流して、本日を締めくくりました。
ボトルキープしていた「白波」が空いたので、前払いで仕入れを頼んでおきました。
「盛りだくさんな1日」ありがたいことです。

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09/9/20(日)日記
「久々の稽古」

今日は、久々に謙志館へ稽古に行きました。(今年85回目)
9/10(木)以来ですから、10日ぶりとなります。
段級以上をウオンバット先生、初心者を矢野先生が指導されました。
私もいずれは、指導をする必要がありますので、両先生の指導振りを良く見ておく必要があります。

ヤノ先生が、何度も強調されていたポイントは、以下の通り。

・切り返しは、顔の前で小さくではなく、左手を確実に額の上まで上げて大きく左右面を打つこと。
 左こぶしが、左右に振れてはいけない。左は正中線を維持すること。
・面を打った後、右こぶしを相手の「突垂」にぶつける様な意識で、前へ出すこと。上へ上げてはいけない。
・打ってすり抜けた後、振り返って残心をしっかり示すこと。(残心無く、中途半端に終わっている人が多い。)
・小手打ちは、手だけで打つのではなく、腰を入れて、手を伸ばしてしっかり打つこと。
・胴打ちは、左こぶしを中心から外さない様に、柄頭から、真ん中にずらすことは良い。
 出来るだけ左手を離さぬ様に、叩くだけでなく切る意識を持つこと。
・どの基本、地稽古でもそうだが、打つ前にしっかり気合を入れること。(声を出すこと。)

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9/26(土)に、昇段審査(3段迄)が予定されていることから、稽古終了後に、日本剣道形の稽古をやっていました。

私が指導したのは、以下のポイントです。

・構えを解いて下がるときは、歩み足5歩に加えて、最後に6歩目として、右足を半歩引き付けること。
・師匠の立場で、常に「打ち太刀」が先に動くこと。リードすること。「仕立ち」は、原則として「打ち太刀」が動く前に、動いてはいけない。
・太刀3本目、「打ち太刀」は、突きと位詰めを受けるとき、中心をしっかり取ること。
・太刀4本目、お互いに正面から打ち合って凌ぎを削るところでは、しっかり強く打ち、強く凌ぎを削りあうこと。中段に戻った時、間合いが近い場合は、「打ち太刀」が、下がって間合いを調整すること。
 突きを受けて手首を返して面を打つときは、素早く、大きく真っ直ぐ振りかぶって打つこと。
・太刀5本目、「打ち太刀」は、上段から、相手の正面をあごまで切り下げるつもりで打つこと。下迄切り下げるのでは無い。すり上げられた後は、太刀の力が削がれて、半円を描くようにゆっくりと下へ降ろして行く事。

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帰宅後、高校掲示板パート3のフォローアップを行った後、ウオンバット先生からお誘いを受けて、
京都から当地へ留学されているお医者さん宅@Ivanhoeへ伺うことになりました。
何と言っても、心を惹かれたのが、「たこ焼き」です。
地元神戸)板宿でもほぼ毎週の様に、「たこ焼き」を食べていましたが、当地ではめったに食べることが出来ません。
京都ご出身の方らしく、「たこ焼き器」持参で来られており、おおつぶのタコに加えて、ネギ、てんかす風のポップシリアル入りと凝った内容でした。 
子供達も大好物とのことで、「たこ焼き」が出来上がる度に集結して、遊びながら食べながら大いに楽しんでおられました。

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更に、豚キムチ、チャーシューも美味で、タスマニアのスパークリングワインの飲みながら味わせて頂きました。

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次回は、ウオンバット先生と私の剣道&料理師弟コンビで、我が家へお招きしてホームパーティーを行いたいと思っています。

日曜日も剣道、夕食ともに充実したものとなりました。
ありがたいことです。


09/9/19(土)日記
「今日のサーフ」

今日は、7:00出発で、フジイ氏とオーシャングローブのポイントへ出かけました。
直近の2回と比べて、比較的穏やかで、波の感覚も適度で、良い練習が出来ました。

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今回は、私のテイクオフもかなり撮って頂けました。
フジイさんの撮影テクニックに感謝です。
1枚目は、もう少し前へ体重をかけて、ボードスピードを上げる必要があると思います。
2枚目は、終了直前の岸近くの小波ですが、うまくテイクオフ出来ました。
3枚目は、上からの連続で、ビーチへ戻ってきたところ。

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最初は、早く立とうとして、ボードが走り始める前に立って失速していましたが、
フジイさんのテイクオフを見て、パドルをしっかりして、スピードで出てから立つ様にしたらうまく行きました。
毎回、少しづつでも進歩して行きたいと思っています。

終了後に、トーキーへ回って、フジイ氏のニューボードカバーをピックする為、イアンの店へ顔を出しました。
ランチは、サーフシティープラザ内の"The Chocolate Room" にてパンプキンスープセット(かなり美味)
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午後は、ウオンバット先生からお誘いもあり、いずれにしても行こうと思っていたゴルフ練習(9/13週3回目)に行きました。
50級ずつ打ちましたが、さすが剣道の達人、少しアドバイスしただけでフォームを改善され、ナイスショトを連発されていました。ウオンバット先生恐るべし・・・
私のドライバーショットを撮ってもらいました。
打った後も頭が残っているので良しとしましょう。

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帰宅後は、ウオンバット先生の料理教室です。
今日のテーマは、あおりいか&きすの刺身です。
それぞれのネタは、サウスメルボルンマーケットにて、クリーンナップ済みです。

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最終的なメニューは以下の通りです。

・あおりいか&きす刺身 (生姜醤油で頂きました。)
・あおりいかのバター炒め (バター、塩、胡椒、最後に少量の醤油)
・きすのフライパン炒め (小麦粉を付けてさっと炒めたもの、レモンで頂きました。)
・チキン焼きそば (先週の食材<鶏胸肉、キャベツ、もやし>活用)

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今週平日の夕飯がプアーだったので、とても豪華で良い晩餐となりました。
ありがとうございました。

今日も終日、盛りだくさんで充実した1日でした。




09/9/18(金)日記
「競合他社訪問」

今日は、ようやく連絡が取れた「競合他社」を訪問しました。
海外に出れば、日本では接触しにくい競合他社でも結構会えるものです。
足の引っ張り合いではなく、情報交換、課題共有することで、市場全体を拡大
出来れば業界全体にとってプラスだと思っています。

今日お会いした方は、米国、英国、香港、広東、北京駐在の後、ペナンへ赴任されたとのこと。
ペナンに滞在しながら、アジア、オセアニア、アフリカの営業を担当されている模様。

北京駐在時は、私とダブっているようで、色々な話が出来そうです。
月1回は、必ずメルボルンへ来られている様なので、今後、他社の方々もお誘いして、
業界懇親会を行いたいと考えています。

夜は、ゴルフ練習(9/13週2回目、計3回目)に行きました。
9/23(水)から、本格的に練習を始めましたが、週3~4回を定着させたいと思っています。
50球打った後、パッティンググリーン近辺でアプローチ&パットを行いました。

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昔々、小学校の頃、手作りクラブで、近所の空き地にて、アプローチ練習に没頭していたことを
思い出しました。
初心に帰って、もう一度、ゴルフに取り組むつもりです。

◆改善ポイント
①ショット方向性の安定化(フェアーウェイキープ率UP)
②アプローチ精度向上(1パット圏内)
③バンカーショットの向上(1発脱出)
④パット改善(3パット撲滅、1stパットで、1グリップ圏内)

◆今後のゴルフ日程  ( )は、宣言物

09/10/04(日) 第89回メルボルン35会@Kingston Links (サーファーズ宣言)
09/10/17(土) 第08回メルボルン35会マスターズ@Royal Melbourne
09/11/01(日) 第71回メルボルン40会@The Dunes (ロストボール無し宣言)
09/12/06(日) 第90回メルボルン35会
10/02/12(金) 第01回35会ワールドマスターズ@Royal Melbourne 
10/02/14(日) 第91回メルボルン35会 ←第1週からの変更を交渉予定


09/9/17(木)日記
「私の仕事人生-8」東京編

東京へ意気揚々と転勤しましたが、結構厳しい現実が待っていました。
当時の東京は、我社の輸出営業の前線部隊で、海外顧客からの英文テレックスや
FAXが毎日の様に入ってきました。
先輩社員は、どんどんテキパキとそれらを捌いて行きます。
私は、豪州とアジアを担当しましたが、コレポンに手間取って中々仕事が進みません。
課長からも真っ赤になるほど、手を入れられました。
当時の課長は、とても厳しい人で、一日中、しかめっ面をして悩んでいる風でした。
話しかけるのもはばかられる感じで、プレッシャーは大きかったです。
暫くして、その方は海外へ転勤されて、開放されましたが・・・

その後、海外から戻られた部長が、課長を兼務されまました。
前課長程、細かく厳しくは無かったですが、ミスをした時には、部長席の前で、
直立不動で30分叱られたこともあります。
最近は、部下を叱る風景をほとんど見なくなりました。
(我々は、役員から叱られることは多々ありますが・・・)
叱ることは、結構難しいことで、叱る側にも、勇気と思いやりが必要です。
叱った後には、フォローアップも重要です。
本当に必要な時に、適切に叱ることが出来る様に、常に心構えを持っておきたいものです。

豪州の仕事は、商社経由でオランダ系電気メーカー(P社)との取引でした。
先輩社員が、きっちりと仕事を確立されていて、その流れに乗ってやれば
良かったのですが、徐々にP社が独自路線(自社製品優先)を歩み始めて
将来の不安が見え始めていました。
(これが、将来の豪州現地法人設立につながって行きます。)

アジアは、各国代理店経由の仕事でしたが、英語でのコレポン、LC取引で、
色々と勉強させてもらいました。

毎晩残業で、ほぼ終電で帰る状況でした。
20時ぐらいになると、何人か連れ立って残業食を食べに出ました。
記憶に残っているのは、以下の店です。

①翠栄楼(中華、にらラーメンが美味。)
②白壁亭(カレー、サパゲッティーの大盛りが本当に多かった。特にボンゴレが美味。)
③ラーメン大将(パイコーラーメン)

最寄り駅は、新橋でしたが、駅周辺は飲み屋街で、ついつい帰りに一杯というのも
よくやりました。

当時は、寮と会社の往復で疲れて、週末は睡眠という日々でしたが、
東京をもっと探索しておけば良かったとつくづく思っています。


09/9/16(水)日記
「豪州の仕事-1 Mr.Theo Brown」

このブログでは、「私の仕事人生」として、入社以来のトピックスを振り返っています。
いずれは、第一回目の豪州駐在(1990~1997)の話へ入って行く予定です。
今日は、突然、旧友のMr.Theo Brownが尋ねて来ましたので、話が飛びますが、
豪州の話になります。

彼は、前回駐在時から、仕事上でご縁があり、お世話になった方です。
現在は、72歳で、仕事引退されて悠々自適の生活をされています。

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彼と初めて会ったのは、1991年頃でしょうか?
豪州の現地法人立ち上げを進めていた時で、丁度、彼もスピーカビジネスを受注して
会社を立ち上げ中でした。
以前からお世話になっている日本の商社社長が、支援されており、
「いつか一緒に仕事が出来ればいいですね。」とお互いに話していました。

その後、1995年頃に、彼が受注して独自で行っていたビジネスを我社経由で行うこととなり、
取引を始めました。
ビジネスの拡大と彼の引退のタイミングが合ったことから、会社の購入打診があり、
2000年に子会社として取り込んだ訳です。
子会社化の仕事は、僕の後任が苦労しながら進めてくれました。
彼の会社は、メルボルンの南西郊外、ダンデノン丘陵の麓にあり、我社のロジスティクス機能を
果たしてくれています。
9/10の「勤続15年」で紹介したマネージャーは、そこの責任者です。

Theoさんとは、末永く友人としてお付き合いしたいものです。

一方で、夜には、今回赴任してから2回目のゴルフ練習(9/13週1回目)に行きました。
前回の40会でふがいない成績であったことに加えて、次回の35会及び40会で
宣言物がある為、プレッシャーもかかっています。
ゴルフのプライドを取り戻す為にも、気持ちを入れ替えて取り組むつもりです。
練習場所は、「アルバートパーク・ゴルフ練習場」です。
ここは、前回駐在時にも通った懐かしい場所です。
手始めに50球打ちましたが、まずまずの手ごたえでした。
週3~4回は通うことで、レベルを取り戻したいと思っています。

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PS:今日の夕食
   ゴルフ練習帰りに、SAFEWAYにて、スコッチフィレを購入してステーキ定食でした。
   サラダは、チキンシーザーサラダ。

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09/9/15(火)日記
「メルボルン35会幹事会」

今日は、35会幹事会でした。
場所は、中華街の「Shark Fin Inn」です。

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幹事会では、次回の組み合わせ、宣言物が決定されます。
私の場合、サーファーズの「グループ宣言」となっており、
当初は、「3名で、100点(A$10/A$5)保険なし」だったのですが、1名の上級者追加により、
「4名で、136点(A$20/A$10)保険なし」となりました。
要は、一人当たり、34点必要となります。
コースが比較的やさしいこと、シングル級が、36点以上取ってくることを想定しての決定です。
私の読みでは、以下の通りとなりますが、少しでも貢献出来るように練習に励むつもりです。

〇井氏 40点 ←マッチプレー決勝とからんで高得点の期待。コンペとの同時優勝もあり?
〇田氏 38点 ←前回の40会からの雪辱に燃えておられ、高得点期待。
〇屋氏 36点 ←帰国目前の有終の美を飾って頂きたいところ。実力的には、40点台も?
私    22点 ←ロストさえ少なくすればこれぐらいは行けるでしょう。

料理は、幹事の粋な計らいで、メインは、「アワビのしゃぶしゃぶ」でした。
当店の「知る人ぞ知る」メニューとのことですが、きっかけは、日本人からの
リクエストで始まった様です。
今日のネタは、2ケの大型アワビでした。

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しゃぶしゃぶは、専用のネットに入れて、2~3秒で色が変わったら直ぐに上げて、
特製タレにつけて食べるます。
丁度良い頃合だと、柔らかくて美味です。

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アワビの「肝」も中々の珍味でした。

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最後は、中華麺、もやしを入れて「アワビ出汁のラーメン」でした。
これもかなりおいしかったです。

話の流れで、35会キャプテン、マッチプレー事務局が交代することとなり、
09年1月から、がおかさんがキャプテン、私が、マッチ事務局を受けることになりました。
今年の10/17には、「35会マスターズ」、来年2月には、「35会ワールトマスターズ」を
控えており、練習に気合を入れねばなりません。

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帰りがけに水槽を見たら、「キングクラブ」が、ど~んと鎮座していました。
次回は、久々に味わってみたいと思います。

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いつもの様に、チャリでゆっくり帰宅しましたが、フリンダース駅の時計台が美しかったです。

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09/9/13(日)日記
「流しそうめん」

今日は、博多人)がおかさんからのお誘いで、ウオンバット先生ご一家と
「流しそうめん」をよばれに伺いました。
がおかさん、ウオンバット先生ご一家とは、「どんたく」の飲み仲間です。
オーロングSTから少し中に入った閑静な住宅街ですが、ヴィクトリア調の
古典的な風情の有る家並みが続いています。
レンガ作りで、天井が高く、夏もすずしいとのことです。

12:30に到着して、まずは、ビールで乾杯です。
タスマニア産のボーグ、ジェームススクエアーを頂きました。
それぞれに特徴のある味で、おいしかったです。

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つまみは、さつま揚げ、じゃこ天です。
日本出張時に購入されたとのことで、珍しい1品でした。

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更に、レインボートラウト(虹鱒)の燻製が出てきました。
これは、マーケットの魚屋で良く見かけるのですが、食べるのは初めてでした。
驚くほど美味で、今後の来客時に使えるアイテムです。
やはり、御呼ばれすると色々と新しい発見があります。

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さて、いよいよ「流しそうめん」ですが、日本で購入された「そうめんや」という組み立て式の
機械を使います。 水も循環させており、おもちゃと言うには、失礼な良く出来たシステムでした。
大人も子供も大喜びで、「流しそうめん」を満喫出来ました。

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更に、メイン第二段として、回転寿司(自動ターンテーブル)も出て来ました。

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食事の途中で、話のタネとして、頂き物の「白酒(バイチュウ)」を一杯づつ飲みました。
「白酒」は、中国の蒸留酒で、大体50度以上あるものです。今回のものは、52度でした。
小さなショットグラスで、「干杯(ガンベイ)」と言って飲み干すのですが、ゆっくり飲んだにも
関わらず、久々の「白酒」は、結構酔いが回りました。

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その後も暗くなるまで、焼酎を飲んだり、干物を食べたりで、とても楽しく、満腹のひと時を
過ごさせて頂きました。
次回は、私のアパートにて、ウオンバット先生×私の師弟コンビで、がおかさんご一家を
お招きしようと思います。






09/9/12(土)日記
「今日のサーフ」

今日は、我が家に7時集合し、カムリに3枚積んで出かけました。
さすがに、ロングボード3枚積むと揚力で車が浮き上がらんとする感じです。
まず、13thビーチを見た後で、オーシャングローブも様子を見ましたが、
13thビーチの方が良さそうなので、そちらへ戻りました。

今日は、防水カメラで、海の中から写真を撮ることにトライしました。
波がブレイクして行く様は、間近で見ると本当に美しいものです。
それを写真に撮るのは非常に難しいことですが・・・

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フジイさんは、ニューボードを入手されて好調です。
僕の目の前で、鮮やかなテイクオフを決めてくれました。
今回は、ベストショットが撮れました。

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スミヤ師匠も鮮やかなロングライドを度々決めておられました。

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その後、コガ師匠ご夫妻も来られて、約2時間のサーフでした。
不完全ながら3回程テイクオフ出来ましたが、パドル力、タイミングに課題があります。
引き続き、修行の日々です。

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PS: 夕方、久々に散発に行きました。
    前回駐在時からお世話になっている方が独立された店です。
    日本人からの人気が高く、週末は中々予約が取れませんが、
    たまたま17:00が空いておりラッキーでした。

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    アパートに戻ってから久々にカレーを作りました。
    食材が多かったこともあり、1週間分はありそうです。

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09/9/11(金)日記
「兵庫・大阪の会送別会」

今日は、「兵庫・大阪の会」事務局長を務められたK早氏の送別会がありました。
「兵庫・大阪の会」は、前回駐在時にご縁があったY野氏が立ち上げられた親睦会で、
今まで集まった回数は、100回を超えている様です。
会の最中は、「関西弁をしゃべること」が、約束事になっています。
K早氏は、創設者であるY野氏の高校後輩であることから、永久事務局長に任命されて
いましたが、社命により急遽ご帰国となったものです。 
同会だけでなく、仕事関連でもお世話になったので、別途、改めて送別会を計画するつもりです。

場所は、シティーの「鮨正」でした。
「鮨正」のオーナーは、前回駐在時にとてもお世話になった方で、大病をされて、
最近、復活されたとのことでした。
12年ぶりにお会いできて感激しました。

メインの寿司盛り合わせも美しくかつ美味でした。

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最後は、恒例のカツカレーで締めましたが、これも懐かしい洋食屋の味で美味でした。

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最近、シティーでの夕食会には、自転車で出かけています。
帰りは、観光馬車、パントマイムの人、ライトアップされたフィリンダース駅等を
眺めながらゆっくりと家路につきました。

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09/9/10(木)日記
「勤続15周年」

今日は、現地子会社にて、月例のManagiment Meeting(幹部会)を行いました。
営業、技術、品質、サービス、経理、現地子会社の各マネージャーが担当分野の
8月度実績、課題を説明しました。
終了後に、現地子会社マネージャーの「勤続15周年祝い」をケーキ、クッキー等で
ささやかに行いました。

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彼とは、前回駐在時の1994年頃に会っています。
現地子会社を設立したオーナーとは、1990年から親しくしており、「いずれは
一緒に事業が出来れば良いね。」と話し合っていました。
私が帰国した後、2001年に彼から買い取る形で子会社化し、現在に至っています。
彼は、初めて会った時から、印象深い人で、全幅の信頼を置いています。
今後も末永く頑張ってもらいたいものです。

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夜は、謙志館の稽古に行きました。(84回目)
先週の山〇先生、ウオンバット先生からのご指導を念頭において、
以下を留意して、久々にヤノ先生にかかりました。

・打ちすぎないように。
・攻めて、打つべき機会に打つように
・常にMAXで

ヤノ先生との稽古では、ほとんど「応じ胴、出小手、すりあげ面、出鼻面」で
遣われてしまうのですが、昨晩は、1本だけ、「すっと前に出て、ど~んと出た面」が
打てて(浅かったけど)、先生も「いいとこ頂きました。」と言っておっしゃって下さいました。
まだまだ、道は遠いですが、少しずつでも前進したいと思っています。

写真は、昨日の稽古風景。(初心者の年配女性も頑張ってました。)

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09/9/9(水)日記
「私の仕事人生-7」

ウインドサーフィン大会の直前、1987年5月末に東京へ転勤しました。
入社時に、「神戸3年、東京3年、7年目に海外駐在」と希望していた通りの展開です。
当時、事務所は、新橋の日比谷郵便局前にありました。
近くに、横浜ゴム、FACOM、慈恵医大病院等もありました。

最初は、東急田園都市線 市が尾にあった親会社の独身寮に入りました。
食堂は、御飯のおかわり不可で、帰りも遅いことからほとんど寮では食べませんでした。
2ケ月程で、独身寮を追い出され(親会社の社員が入ることになったもの)、駅から20分
ぐらい離れた、畑と田んぼの中にあるマンションに引っ越しました。
ここは、えらい長い、ややこしい名前のマンションでした。
確か、「ドム・ショパーナ・ジェラゾバボーラ」、覚えるのと、住所書くのに難儀しました。
3DKで、新人2名と同居でしたが、先輩特権で、一番良い部屋が自動的に与えられました。
御飯も新人達が作ってくれたので助かりました。
但し、朝ごはんは、ほとんど、卵かけ+味噌汁でしたが・・・
寝坊すると駅までダッシュしてましたが、東急の電車に乗った途端、酸欠で倒れそうに
なったこともしばしばでした。

通勤ルートは、
田園都市線)市が尾⇒銀座線)青山一丁目⇒新橋。(約2時間)
帰りは、銀座線)新橋⇒青山一丁目⇒半蔵門線)半蔵門⇒田園都市線)市が尾でした。
仕事疲れで、半蔵門から座って帰ることが多かったですが、よく寝過ごして、長津田、
中央林間まで行きました。
戻りの電車もなく、白タクにお世話になったものです。

1年半、市ヶ尾に住んだ後、日吉へ引っ越すことになりました。
ドム・ショパーナに家族持ちの方が、赴任されることになり、追い出されたものです。
日吉は、東急東横線の日吉駅普通部通りを綱島方面へ徒歩20分の場所でした。
途中に、豚かつ屋があって、かなり高レベルでした。3~4回行きましたが、
もう一度行ってみたい店の一つです。

日吉に1年住んだ後、結婚することになり、横浜の戸部町へ移ることになりました。
引越しの段取りは、当時、関東に単身赴任していたオヤジがサポートしてくれましたが、
前日に先輩の結婚式があって、荷造りが遅れ、大いに叱られました。
懐かしい思い出です。
  

09/9/8(火)日記
「私の仕事人生-6」

夢のような(悪夢もあったが)米国出張から戻って、暫くその余韻に浸っていましたが、
ある時、ふつふつとある思いが込み上げて来ました。

・今回の米国出張は、自分達が実現したいと言う思いを込めて
 プレゼンを計画して、会社を説得して実現したもの。
・今後も仕事の中で、色々な自己実現が出来るのではないか?
・特に若手が、どんどん会社に対して提案を行って行くべきではないか?
・担当業務以外でも、何か会社に貢献出来るのではないか?
・例えば、会社イメージの向上、ブランドイメージの向上等。
・須磨でウインドサーフィンの大会を企画したらどうか?
・同時に地元への貢献ということで、「砂浜清掃」を行ってはどうか?

こういう思いを何人かの先輩社員と話している間に、「人は何の為に働くのか?」という
議論へ発展して行きました。
その結論として、我々が認識したことは、「人は、給料の為、生活の為だけではなく、
達成感、幸福感、社会貢献を求めて働くのだ。」ということでした。

それを形にして、若手社員が提案を行う前例を作ろうということになり、
その一例として、「須磨でのウイントサーフィン大会」企画を進めることになりました。

まずは、企画書を書いて、理解してくれそうな営業部長に相談したところ、
「これはおもしろい。直ぐに常務)営業本部長のところへ行け。」とのことでした。
恐る恐る常務室へ行くと。
我々の説明を聞いた常務が、「まず、この提案を持って来てくれたことがうれしい。
ぜひ、やろう。」と即決でした。そして、以下のアドバイス。
「社内には、反対者も出るだろうから、社長を味方に引き込んで、経営会議で通す。
社長には、自分が話すより、君達若手が直談判する方が良い。」

早速、秘書を通して社長のアポを取って、社長室へ行きました。
生まれて初めての社長室でしたが、企画内容を説明すると、
社長から、「僕は、昔からヨット、マリンスポーツが好きでね。ウインドも知っているよ。
これからの若者スポーツだから、当社のイメージアップに良いと思う。常務が同意
しているならば、進めなさい。」とのありがたいお言葉。

直ぐに次週の経営会議に上程することとなりました。
ウインドサーフィンを知らない役員の為に、ビデオを見せて僕が説明しました。
生まれて初めての経営会議でしたが、反対意見も無く承認され、ホットしたことを
覚えています。

しかし、その後、経営企画担当の取締役から呼び出されて、「君達のやっていることは
遊びの延長だ。」とこっぴどく叱られました。
それにもメゲずに準備を進めて、1987年6月に、「第一回バ〇ヨカップ兼兵庫県予選」開催に
こぎつけました。

大会の企画運営は、我々提案グループに加えて、宣伝課、総務課からも協力者が現れて
プロジェクトチームの様になりました。
私は、準備を全て終えた5月末に東京転勤になっていましたが、大会出場を名目に業務出張
させてもらいました。

同大会は、結局、13年間続き、公式戦としても兵庫県大会から西日本大会に昇格しました。
最終的には、経費節減、ウインドサーフィンブームの下火により終了しましたが、その間、
西日本のウインドサーファー達の目標となっていました。

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又、同大会の前に、社員による「砂浜清掃活動」を実施していましたが、当時としては画期的なことでした。
その後の環境保護、エコブームに乗って、今でも「砂浜クリーン作戦」として継続されています。

この体験は、米国出張と合わせて、私の「仕事観」、「人生観」に大きな影響を与えました。
要は、「思いを形に。 不安や恐れを抱えて1歩踏み出す。 やれば、出来る。」という感じです。
豪州での現地法人設立、中国合弁会社設立、現在もその延長線上にある訳です。

次は、東京時代、結婚について書いてみたいと思います。

PS:今日は、謙志館を使えることになり、山〇先生、ウオンバット先生と特別稽古。
   義務感で打つのではなく、攻めて、機会と思った時に打つように心がけました。
   貴重な稽古になったと思います。
   ビデオで、じっくり見るのが楽しみです。

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   午後からは、アルバートパークへご案内し、豪州でのゴルフを体験頂きました。

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    夕食は、山〇先生との最後の晩餐ですので、魚料理を中心にウオンバット先生が
    作られました。私は、ひらまさの刺身で魚の捌き方を教えて頂きました。
    日本で仕入れてきた、「出刃包丁、刺身包丁」が活躍しました。 

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    メニューは、
    ・ひらまさお造り
    ・さより、エビ、やさい天ぷら
    ・鯛の煮付け

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09/9/7(月)日記
「私の仕事人生-5」

1987年3月のある日曜日、
ロスに着いた我々を出迎えてくれたのは、技術系駐在員のOニシさんでした。
Oニシさんは、ロス駐在6年目ぐらいだったと思いますが、とっても優しい方でした。

リドンドビーチのモーテルへチェックインした後、海外営業系駐在員のN村さんと
合流して、ビーチ沿いの眺めの良いレストランへ連れて行ってもらいました。
ここは、時折、ホエールウオッチングが出来るところとのこと。
「ブラッディーマリー:トマトジュース系のカクテル」を飲んで、米国気分を味わいました。

その後、サンタモニカ、リドンドビーチのピア等を回って頂き、モーテルへ戻りました。
生まれて初めての海外、米国に興奮して、時差ボケもあって中々寝付けなかったことを
覚えています。

翌日、現法事務所へ出社し、駐在員挨拶回りをしました。
当時の所長は、入社時にお世話になった海外営業系のY上さんでした。
Y上さんは、戦略的でありながら、非常に気さく、オープンな方で、尊敬している上司でした。
入社時の東京研修で言われた言葉、「会社の為に働くな! 自分の為に働け!」
(真意は、決して「利己的の奨め」ではなく、自分の為に一生懸命働けば、自動的に、
会社の為になっているということ。)は、今でも指針となっています。

次に、今回の窓口であり、一番お世話にになるT社系営業駐在員のところへ行きましたが、
「何しに来た? 君達の様な非常識な出張者は初めてだ、勝手にしろ!」との厳しいお言葉。
寝耳に水で、真意が判らないまま呆然としていると・・・
O西さんから、「彼には、彼の考えがあるようだから、様子を見なさい。」とのアドバイス。
気を取り直して、本番への準備を始めました。
技術系出張者は、デモカー仕立て。僕は、プレゼン内容のレベルアップです。

そうこうする内に、プレゼン前日となり、前述の「怒りの駐在員」から、召集があり、
プレゼン・リハーサルをやることになりました。
全体の段取りを説明後、私が、英語でのプレゼンテーションを行いましたが、
「全然ダメだ。 こんな恥ずかしいプレゼンをやらせる訳にはいかん。 徹夜で改善しろ。」
という酷評を受けました。
愕然としながらも、「やるっきゃない。」と観念し、
モーテルの部屋で徹夜で資料修正、プレゼン練習を行いました。

迎えたプレゼン当日。
ドキドキしながら、出来るだけ大きな声で、ハキハキとしゃべることに留意して
プレゼンを行いました。
終了後に、「怒りの駐在員」から、「良かったよ~。徹夜でやった甲斐があったね~。」と
意外なお褒めの言葉を頂きました。

しかし、その後の滞在中は、ダメ出しの連発でした。

・日頃のコレポンのレスポンスが遅いこと。(即日に何らかの回答を出すこと)
・出張前の事前連絡が不十分であったこと。(業務スケジュールだけでなく、週末の希望等)
・お土産の好みを事前に聞かなかったこと。(その方は、甘納豆がお好きとのこと)
・お土産を所長にまとめて渡したこと。(一番お世話になる駐在員へ渡すべき)
・・・・・・などなど。

最終的には、ディズニーランド、大型ショッピングセンター、有名ステーキハウス等へ
お連れ頂き、表面的な「こわもて」と違う「繊細で、優しく、シャイな方」であることが
ようやく判りました。

その方は、その後、大出世されていますが・・・
今でも怖い方です。

PS:今日は、突然の重要TV会議が入って、メルボルン大学剣道部の稽古には行けませんでしたが、稽古後のディナーへ合流しました。
   場所は、シティー北部のライゴンストリートにあるイタリアンでした。  

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参加メンバーは、マチャック先生、ウオンバット先生、山〇先生、  さん、ケンジ君、私でした

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料理は、ピザ2枚、フェティチーニ・カルボナーラ、ニョッキ・マリナーラ、オクトパス・サラダでした。

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ディナー終了後は、ウオンバット先生、山〇先生と我が家へ戻って「芋焼酎」で宴会。
やはり、剣道談義となり、私が今日の稽古に参加出来なかったことから、明日の午前中に
謙志館が使えるのであれば、短時間の特別稽古を頂けることになりました。
ありがたいことです。











 




09/9/6(日)日記
「40会初参戦!」

今日は、メルボルン40会(よんまる会)へ初参戦です。
朝、6時に起きて、スミヤ師匠のお宅へ向かいました。

写真は、今朝の夜明け前の暁雲

2009_0906shot0003.jpg

40会へは、当地へ赴任してからずっと参加したかったのですがようやく実現しました。
同会は、前回駐在時に我々が創った35会(さんご会:S30年世代)から
派生して出来たS40年世代の会(35~45歳)で、ゴルフを中心に活動しています。
毎週末お世話になっているロングボーダーズも同会の重鎮方です。

今日の場所は、"Settlers Run"というメルボルン郊外(南西部)にある
グレッグノーマン設計によるリンクスタイプのコースでした。

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以下は、18番グリーンから見たクラブハウス

2009_0906shot0010.jpg

今日は、晴れているものの風が強く、深そうに見えないけどその場に行ったら
見つからないいうラフに悩まされました。
日頃、剣道とサーフィンを優先させていることからゴルフは練習不足で悲惨な結果でした。
ステーブルフォードで、前半後半ともに7点、合計14点、グロス102という情けないものでした。
しかし、この結果は、真摯に受け止めねばなりません。
これを契機に、ゴルフ練習を再開させ、次回(11/1)は、汚名挽回です。
35会で生まれた「宣言もの」という企画があり、私は、「ロストボール無し宣言」を
やることになりました。
次回コースのDunesもリンクスタイプで、長く腰の強いラフで有名なので、ショットの方向性、
精度を高める練習を積まねばなりません。
今後、昔通ったアルバートパークの練習場に週二回は行くことにします。

コンペ終了後は、スミヤ師匠のお宅へ寄ってから、我が家へ行き。
タクシーで懇親会場(焼肉:匠)へ。
匠のオーナーが、40会メンバーで、いつも良くして頂いている様です。
久々に、本格的な焼肉を堪能しました。

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懇親会では、次回の宣言企画、コース等の相談をざっくばらんにされていました。
40会では、釣り(船手配)、あわび取り、ソフトボール大会参加等、多数の行事を
計画されており、駐在員同士の良き親睦の場になっていることを改めて実感しました。


09/9/5(土)日記
「MYボード2回目」

今日は、MYボードでの二回目サーフです。
昨晩、ウオンバット先生、山〇先生と飲みすぎて寝過ごしてしまいました。
スミヤ師匠に来て頂きましたが、結局、後から追いかけることになりました。
オーシャングロ-ブへ向かう途中で一面の菜の花畑がありました。

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10時にオーシャングローブのポイントで合流して、約1.5時間のサーフでした。
きれいな波がセットで入ってくる良コンディションでしたが、
スープを抜けて沖へ出るのに苦労しました。
岸近くのスープで何回かテイクオフ出来ましたが・・・
まだまだ修行が必要です。

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サ-フ後に、Dunesにて、スミヤ師匠とお茶。
波を見ながらのお茶は最高でした。

写真は、Dunesから見たオーシャングローブビ-チの眺め

0995 Oceanglobe

その後、トーキーへ回ってIANからボードカバーを交換(9.6フィートのジャストサイズ)
してもらいました。
「サーフシティープラザ」で、イタリアンを食べた後、クイックシルバーでアンジェラと
相談の結果、陸地練習用のスケートボードを購入しました。
ハワイ製のロングボーダー用です。
裏側のメローなデザインも気に入っています。
今後は、海へ行けなくても陸地で練習したいと思います。

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帰宅後、入浴中にウオンバット先生ご一行が戻られました。
山〇先生をお連れして、ヒールズビル・サンクチュアリーに行かれたとのこと。
夕食は、ウオンバット先生、奥様の手料理でごちそうでした。

・アイフィレのユッケ
・アイフィレ・ステーキ(特製ソース付き)
・スモークサーモン+オニオン
・各種サラダ(ポテト、レタス、ピーマン等々)

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お土産のスパークリングワイン、赤ワインを飲んで、日本の拘置所、刑務所、裁判の状況等、
普段は耳に出来ないお話を色々と伺うことが出来ました。


09/9/4(金)日記
「重要幹部のFarewell-2」

今日はいよいよ、重要幹部の最終勤務日でした。
11:00から、セレモニーを実施。
私の挨拶概要は以下の通り。

・今日が最終勤務日となるが、「さよなら」は言わない。
 貴方が、当社で働き始めたのは、1991年、当社初のエンジニアでした。
 面接には、スタン・ゼナート氏が立会いました。
 貴方は、故いまい社長と二人三脚で、修理技術の習得、サービスシステムの
 構築を進めて来ましたね。
 初期は、当社にパソコンが一台も無い時代は、自宅から思いブラウン管ディスプレイを
 毎日持参して仕事をしていましたね。
 そして今の当社のシステムが出来上がっています。
 貴方の功績は、素晴らしいとか、グレートでは十分に表現し切れない程、大きなものです。
 貴方は、正に、当社設立者の一人です。
 これからも末永く関係を維持して行きたいと思っています。

写真は、彼に「Farewell Card」と選別を渡すところ。
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セレモニーの後、全員でケーキ&ティーで彼との別れを惜しみました。

写真は、彼を中心にした社員全員。
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午後からは、顧客との重要会議があり、戻ってからバタバタと週報を書きました。

今晩は、当地でお世話になっているウオンバット先生(七段)の師匠にあたる
山〇先生(七段)が参加され特別稽古がありました。

写真は、山〇先生との立会い。
右が私。このまま面を打たれた筈。

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稽古終了後、有志でバリ料理へ。
初めてでしたが、まずまずでした。

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その後、我が家でお土産の球磨焼酎を頂きました。
米焼酎は、ひさびさでしたが美味で、3人ともかなり飲みました。
飲みながら剣道談義となり、私の右手で引き上げる癖対策として、
「左手を前へ出す」アドバイスあり。
月曜日のメル大稽古で、20分頂くことになり、更に細部のご指導を
頂けそうです。

いや~~ 今日は、本当に忙しく、長く、充実した1日でした。
明日は、サーフ、明後日は、40会ゴルフコンペです。


09/9/3(木)日記
「豪州顧客の神戸本社受け入れ」

先週から日本出張している豪州顧客より、神戸本社への出張希望があり、
フォローしています。
はっきり言って色々と不満有り。

1.もともと要請があったのは、私に対してですが、
  豪州側のメンバーが、神戸本社訪問に対して、
  実現の熱意が薄い。

2.熱意が薄い理由として、受け入れ担当営業が多忙であること。
  顧客の担当が品質であり、まともに受けると準備、根回しが
  大変であること。

その事情は良く判るが、可能な範囲で、賛同してもらえる受け入れ者で、
うまくやることが肝要。
それを指示して期待してもうまく行きそうにないので、結局自分で
動いてやってしまいました。
ここが今の自分の限界であり、その中でどうやって彼らにやり切らせるか?
が本当に大きな課題です。

結局、サービス関連では、豪州を長く担当頂いているY澤氏に要請し、
想定以上の手厚い対応を実現。
工場見学については、高校、大学同期で、F通から当社へ転社する時に
フォローしたT井課長に頼みました。
彼らは特別ですが、いざと言うときに無理を頼める人脈を持っているか?
が重要になります。

もう一つ気になったのが、受け入れ担当の営業が、「自分では判断できない。
課長に言ってくれ。」と言ったことです。
この調子で仕事をしているとしたら、課長は身が持ちません。
どんどん自分で判断して進める経験を積まないと、指示待ち族になってしまいます。
自分の若い頃のことばかり言ってもいけませんが・・・
常に自分の枠を超えた仕事にチャレンジしていたと思っています。
「課長を説得するから、これをやりましょう。」というスタンスが大事だと思うのですが・・・
世代が変わっているのでしょうか???

いずれにしても、当初の想定以上の手厚い受け入れになったので満足ですが・・・
それを実現するプロセスには大いに不満が残りました。

PS:今日の夕食
   「どんたく:お任せ」
   ・マカロニ+レタスサラダ
   ・セロリの醤油漬け
   ・小赤カブのニンニク漬け
   ・サーモン刺身
   ・ブロッコリーのクリームシチュー
   ・白御飯

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09/9/2(水)日記
「重要幹部のFarewell Dinner」

昔の振り返りが続きましたが、今日は、現在のお話です。

私が、前回駐在時に一番最初に雇ったエンジニアで、
勤続延べ17年(過去最長)の技術・品質・サービス部長が、
諸事情で退職することになり、送別ディナーを行いました。

彼は、カナダ出身ですが、卓越した人材でした。
技術的な知識だけでなく、顧客対応能力、更に、コンピュータの
プログラミング能力も持っていて、現在の品質・サービスシステムを
一から構築して育て上げた功労者です。
1991年に働き始めた時、会社には、1台もパソコンが無かったのですが、
彼は、毎日、自宅のパソコン(当時は当然デスクトップ、ブラウン管の大きな
思いディスプレイ)を持ち運びして仕事してました。

私の二度目の駐在時も一緒に働けると期待していたのですが・・・
特に健康上の問題で辞めることになってしまいました。
本当に残念ですが、会社を離れても色々とサポートを継続してもらう
約束をしており、これでお別れという訳ではありません。

ディナーは、彼の希望で、イタリアンの名店「FLORENTINO」へ行きました。
この店は、前回駐在時(90-97)も有名で、未だに、イタリンアンでNo1.を
維持しているのは立派です。

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オントレイ(前菜)は、何種類かを頼んで全員でシェアすることにしました。
ロブスターのパスタが美味でした。

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メインも同じく何種類かをシェアしました。
ヴィール(子牛)、スナッパー(鯛)がいずれもおいしかったです。

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デザートは、イタリアンらしく、ティラミスです。

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最後に、彼は、「今日は、Toast(乾杯)というのは、複雑な気持ち。これでお別れではない。」と
言っていましたが、正に同じ思いです。
年末のクリスマス会への招待を約束しました。
更に、将来、10年後?、20年後?か判らないが、ここに参加した全員で我社のOB会を
日本でやろうと誓い合いました。

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09/9/1(火)日記
「私の仕事人生-4」

ロス出張が決定する前に以下の様ないきさつがありました。

入社3年目の1987年1月、米国の某日系自動車メーカー向けに
次世代オーディオのプレゼンテーションを実施しようと若手グループで
検討を進めていました。
しかし、全社的に注目度が低く、設計・開発部門の上層部は、
全く関心を示してくれませんでした。
そこで、関係部門の部課長を集めて、説明会を行うこととしました。
主催は、営業である自部門でしたが、部長、課長は出席されず、
ペーペーの私だけが出席し、説明を行いました。

技術・開発からは、そうそうたる部長、課長がずらりと並び、
皆さんは、「営業は、なんで部課長が出てこないんだ。
しかもこんなペーペーに説明させやがって・・・」と言いたげな
重苦しい雰囲気でした。

私の説明が終わると、技術課長が、「我々は忙しいので、こんなことに
付き合ってはいられないのだ。それに、このビジネスはいかにも小さい。」と発言。
私は、それを聞いた瞬間に、机をたたいて以下の発言。

私:「課長がその様な態度だから、この自動車メーカー向けビジネスが伸びないのだ。」
課:「えらそうなことを言うな。君の様な若いヤツに何が判る。」
私:「確かに私は若いが、この自動車メーカー向けビジネスへの熱意は誰にも負けない。」
課:「熱意だけでビジネスが出来るか!話にならん。!」

そこへ、技術部長が助け舟。

部:「課長のところが忙しいのは判るが、営業の若者の熱意も判るし、
   プレゼンを行う価値もあるのではないか?
   営業が、技術の忙しさを慮って社内の発言を控える様では我社の未来は無い。
   ここは一つ、若者の熱意を買って、前向きに取り組んではどうか?」

別の部長が以下の発言。

別部:「入社3年目で、部課長を前にして机をたたいて一歩も引かぬとは見所がある若者。
     何とかしようじゃないか?」
    
私:「ありがとうございます。私も頭に血が上って失礼な言動を取ってしまいました。
   お許し下さい。」
課:「私の言い方もまずかった。気持ちを切り替えて取り組んでみよう。」

以上の経緯で、プレゼンテーションを実施することが決定し、1987年3月に
総勢4名(営業、技術3名)で、ロス出張が決定しました。
当時のプレゼンは、PC、ワープロも無く、手書き資料をOHPシートにコピーして
色をつけたもの。
直前に資料を完成させ、プレゼンの英語原稿も作成して準備万端。
伊丹、成田経由で、人生初の国際線(確かJAL、当時はビジネスクラス)に搭乗し、
離陸早速、ビール、ワイン等で酒盛りをしながら意気揚々とロスへ向かいました。

続く・・・・

PS:今日の昼飯。
   「どんたく」メンチカツ定食

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   夜は、仕事が長引いて剣道へ行けず、自宅で以下のメニュー。
   ①月見豆餅うどん
   ②シーザーサラダ
   ③いちご

   食後、溜まりに溜まった新聞を読んでいるうちにソファーで眠ってしまいました。
   朝3時に目覚めて、再び寝る前にメールチェックしたところ本社からの重要メール発見。
   返事を打って、もう一度寝たのでした。
   この生活習慣が、「逆流性食道炎」のもとなので、早めの夕食をとって、直ぐ横にならず
   2~3時間後に就寝というリズムに変えて行きたいと思います。
   

09/8/31(月)日記
「私の仕事人生-3」

今日は、09/8/31です。
帰国休暇も含めてあっと言う間に過ぎた「8月」、
もっと言えば「8ケ月」でした。
当たり前のことですが、日々の積み重ねが年月となる訳ですが、
最近は、時が過ぎるのが益々早く感じられます。
日々の充実が一層大事であると再認識している今日この頃、
このブログの価値の高まりを感じています。

さて、09/7/24の日記で、「就職活動」、09/7/27の日記で、「ゴミ捨て」
について書きましたが、「私の仕事人生」シリーズとして、続けて
行きたいと思います。

1984年5月に神戸本社)海外部)管理課に配属された私は、
先輩(イシさん)の指導のもとで、米国の日系自動車メーカー向け
ビジネスを担当することになりました。
当時は、パソコンも無く、全てテレックスorFAXの時代です。
国際電話をかけるにも申請書があり、部長承認が必要でした。

ロスアンジェルスの駐在員とFAXでやりとりしながら、製品オーダー、
見込みの変動を生産部門と調整するメッセンジャーの様な役割
から始まりました。
ロスからは、自動車メーカーからのオーダーに合わせて柔軟な
生産増減が求められますが、変化量が大きく、いつも生産担当に
怒られていました。
私が、生産部へ入っていくと、「お前は、もう来なくていい。あっち行け。」
と毎回言われていましたが、それでも、しつこく通いました。
しまいには、「お前のしつこさには負けた。何でも言うことを聞いてやる。」
と言ってもらえる様になりましたが・・・
その方は、今では、岐阜県にある工場の生産部長に就任されていますが、
今でも久しぶりに会うと、「お前は、本当にしつこかったな~。(笑)
何かあったら、いつでも言って来い。」と言われています。

一方で、ロス駐在は、T社系営業の若手エリートで、本当に厳しい人でした。
FAXの文字は、超達筆。 内容は、簡潔、整然、単刀直入、辛辣でした。
「本社担当営業は、机上の空論に終始し、業務の前進が全く無い。」等と
直言されたものです。

入社3年目に、人生初の海外出張(これが正に初の海外行き)のチャンスが巡って
来ました。
意気揚々と向かったロスで待ち構えていたことは・・・・・
次回へ続く。


PS:今日の夕食
   「どんたくの野菜炒め定食」
    前菜:マカロ+レタスサラダ、茹で立て枝豆、とり皮のからしポン酢和え

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   「さつま白波」 ラベルには、「名声轟四海」の文字あり。
   やっぱり、いもは「白波」に限ります。

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